満員電車で痴漢してきた男に発情させられて...
金曜夜の満員電車。スーツ姿の男が背後にぴたりと密着し、腰の位置を少しずつ動かし始めて...
金曜日の午後九時半。山⚪︎線の帰宅ラッシュは、まだ終わっていなかった。
ドアが閉まる瞬間に滑り込んだから、車内の中ほどに押し込まれた。つり革には手が届かず、周囲の人間の体を壁代わりにして立つしかない。スマホを取り出す隙間もない、肩と肩が完全に触れ合う密度だ。
背後から、誰かが背中に当たった。
混んでいるから当たり前だ。俺も隣の人間の肘が脇に刺さっている。気にしていなかった。
次の駅で人が乗り込んできた。
また押し込まれる。背後の男の体が、より強く俺の背中に押し当てられた。鼻先まで届く、男物の柑橘系の香水。ワイシャツと、スーツの生地の硬さ。顔は見えないが、がっしりした体型だとわかった。
そのまま少しして——気づいた。
密着している腰の位置が、少しずつ動いている。
最初は錯覚だと思った。
電車が揺れているし、人が動けば体も動く。ただ、嫌なら後ろにのけぞれる隙間があるのに、その男は俺との距離を詰める方向に動いていた。
ゆっくりと、確実に。
スーツのズボン越しに、硬いものが俺の腰に当たっているのを感じた。
心拍数が上がった。
怒鳴れば良かった。振り向いて「やめろ」と言えば、それで終わる。車内の人間は全員スマホを見ていて、誰も俺たちを見ていない——でも声を上げれば、全員が振り向く。
俺は声を上げなかった。
それが意思表示だった。互いに確認しあうような、無言の合意だった。
男の腰の動きが、少しだけ大きくなった。スーツの布地越しに、その硬さが俺の腰に押し込まれる。
「……」
俺は前を向いたままだった。背後の男も、何も言わなかった。ただ電車の揺れに合わせるように、規則的に腰を動かしている。
次の駅で降りる人間がいて、人の流れで少し位置がずれた。
男の手が、俺の腰にそっと触れた。
確認するような、軽い触れ方だった。まだいいか、という問いかけのような。
俺はそのままにしていた。
手が、俺のベルトのわずか上あたりに置かれた。
二駅後、車内の密度が少し下がった。
男と俺の間に、わずかな空間が生まれた。それでも男はその位置にいた。俺も動かなかった。
スマホをポケットから出す素振りをして、さりげなく後ろを確認した。
背が高い。百八十センチ以上あるかもしれない。グレーのスーツ、白いワイシャツ、緩められていないネクタイ。顎のラインがシャープで、横顔は三十代半ばといったところだろうか。仕事帰りのリーマン。俺と変わらない格好だ。
視線が合った。
一秒間だけ。
男は表情を変えなかった。ただ俺の目を見て——わずかに顎を引いた。ついてこい、という意味か、もしくは降りるか、という確認か。
俺はスマホをポケットに戻した。
終点の駅がアナウンスされた。
降りたのは終点だった。
ホームに出ると、俺の周囲に人の流れがあって、その中にあの男もいた。俺は改札に向かわず、端のベンチの方へ歩いた。
男が隣に止まった。
ベンチには座らなかった。ただ並んで立って、乗り換えを考えているふりをしながら、俺は男の顔を正面から見た。
想像していたより、整っていた。三十五、六といったところか。少し無精ひげが生えていて、目つきが鋭い。疲れた色もあったが、俺を見る目には確かに灯っているものがあった。
「……終電、まだある?」
低い声だった。初めて聞く声。質問の体を装っているが、そういう意味じゃないことはわかった。
「一本、ある」
「そうか」
少しの間があった。
「飲むか」
「……飲みましょう」
駅から歩いて五分のビジネスホテル。
フロントで部屋を取る間、男はすぐ後ろに立っていた。名前も、仕事も、何も聞かなかった。男も聞かなかった。エレベーターの中でも、廊下でも、二人とも無言だった。
部屋に入ってドアを閉めた瞬間、男が振り返った。
「俺がやる」
声が低かった。
「……え?」
「待ってろ」
そのままネクタイを外し、スーツのジャケットを椅子に掛けた。ワイシャツのボタンを外していく。俺はベッドに腰を下ろして、その動きを見ていた。
シャツが落ちた。
鍛えた体だった。がっしりした肩、厚い胸板。いかにも仕事ができそうな、体ごと機能的な男の体。
男は俺の前に立ち、かがみ込んで俺の顎を持ち上げた。
ゆっくりと、唇が重なった。
体育会系特有の主導権の握り方だった。柔らかくはなかった。でも強引でもなかった。俺が受け止めると、少し深くなった。
俺のシャツを脱がせながら、男は俺をベッドに押し倒した。
「……名前、聞いていい?」
俺が聞くと、男はわずかに止まった。
「聞かない方がいいだろ」
「……そうですね」
「お互いに」
男は丁寧だった。
首筋から胸、腹筋へと唇を移動させながら、俺のベルトを外す。焦らず、急がず、確かめるように触れていく。普段こういうことをしている人間の動き方ではなくて、でも緊張しているわけでもない——慣れていないが、真剣な動き方だった。
「痛かったら言え」
「はい」
「……緊張してるか?」
「少し」
「俺もだ」
そう言って、初めて少し笑った。
男の指が俺の内側に触れ始めた。ゆっくりと時間をかけて、優しく。俺が慣れてくるのを待ちながら、少しずつ深く。
「……っ」
「痛いか?」
「……大丈夫です」
「もう少し待て」
さらに丁寧に、少しずつ。俺の体が慣れてくると、男の動きが少し変わった。奥の、最も敏感な部分を正確に突いてくる。
「そこ——」
「わかった」
繰り返し、角度を変えながら。俺の息が乱れていく。腰が勝手に動き始める。
「準備できたか」
「……はい」
男の熱くて太いものが、ゆっくりと俺の中に押し込まれてきた。
「っ……!」
息が詰まった。大きい。腸の奥まで押し広げられる感覚。俺が適応するのを待ちながら、少しずつ、少しずつ奥へ進んでくる。
「……苦しいか」
「平気です……」
「無理するな」
「無理してません、もっと——」
男の腰が動き始めた。
最初はゆっくり、丁寧なリズムで。奥を突くたびに、頭の中に白い光が走る。シーツを握りしめて、声を殺そうとしたが追いつかない。
「声出していい」
「……っ、でも」
「誰も聞いてない」
そのまま、男のリズムが速くなった。ベッドが規則的に軋む。男の荒い息と、俺の声が混じり合う。奥を突かれるたびに腰が浮いて、男の腕が俺の腰を押さえ込む。
「……っ、気持ちいい……」
「……俺もだ」
低い声が聞こえた。それが、この男が発した一番感情的な言葉だった。
さらに深く、さらに速く。俺の体の奥から何かが押し上げられてくる感覚が止まらなくなった。
「……俺、もう——」
「出ていい」
その言葉と同時に、体の奥が収縮した。射精感が一気に押し寄せ、俺もシーツを汚しながらイった。奥で男の動きが大きくなり、しばらして腰が深く押し込まれたまま止まった。熱が、俺の奥に流し込まれるのを感じた。
しばらく、二人とも動かなかった。
男が俺から抜いて、横に寝た。荒い息が落ち着くのを待った。
「……いい夜だった」
男が言った。
「……そうですね」
「また電車で会うかもな」
「そうかもしれません」
「その時は——」男は少し笑った。「また、黙って乗ってるか」
「……そうしましょう」
男はシャワーを借りて、スーツを着直した。ネクタイを締めながら「じゃあな」と言って、部屋を出た。
名前も、連絡先も、何も交換しなかった。
翌週の月曜日、俺は混んだ山手線に乗った。
つり革につかまって、扉の窓越しに外を見た。あの男が乗っているかもしれない、なんて期待は半分だけして——もう半分は、あの無言の一夜はあれで完結していると理解していた。
電車が動き出す。
口の中に、金曜夜の残り香がほんの少しだけ、まだある気がした。