マッチングアプリで間違えてゲイ専用アプリを入れたら人生が変わった話

普通のマッチングアプリだと思ってインストールしたアプリは、ゲイ専用のマッチングアプリだった。マッチした相手と3週間メッセージを交わし、趣味も笑いのツボも完璧に合う——「最高の友達になれる」と思って会いに行った夜、俺の人生は180度変わった。

ソファに座ってスマートフォンを操作する黒い服の男性

きっかけは、大学の友達の一言だった。

「お前もマッチングアプリやれよ。彼女いないの俺らの中でお前だけだぞ」

大学4年の冬。就活も終わって暇を持て余していた俺——コウタ(22歳・仮名)は、友達に言われるままにアプリをインストールした。

ただ、酔っていた。

忘年会の三次会のカラオケで、スマホの画面がぐにゃぐにゃに見えるくらい酔っ払った状態で、App Storeで「マッチング」と検索して、出てきたアプリを適当にダウンロードした。

翌朝、二日酔いの頭でプロフィールを適当に設定した。写真は海で撮ったやつ(上裸)。身長176cm、大学4年、サッカー好き、音楽はKing Gnu。

「いいね」を何人かに送って、スマホを放置した。

3時間後、通知が12件来ていた。

「人気じゃん俺」

気をよくして、マッチした相手のプロフィールを見始めた。

——ん?

マッチした相手が、全員男だった。

「……え?」

プロフィール写真。筋肉質な腕の自撮り。ジムでの鏡越し全身写真。顔の一部を隠したイケメン風の写真。全部、男。

「は? 何で? バグ?」

慌ててアプリの名前を確認した。

9〇mons○er。

普通のマッチングアプリじゃなかった。ゲイ専用のマッチングアプリだった。

「うわぁぁぁ!」

即アンインストール——しようとした。

でも、通知の一つが目に入った。

「はじめまして!プロフィール見ました。サッカー好きなんですね。俺もフットサルやってます。King Gnuの白日は神曲ですよね」

送ってきた相手のプロフィールを見た。

「ケンジ・28歳・会社員・筋トレとフットサルが趣味・King Gnu / Vaundy / 藤井風」

写真は、ジムで撮ったと思われる上半身の写真。顔は口元から下だけ。鋭い顎のライン、首筋の太さ、肩幅の広さ。相当鍛えている体だった。

趣味がドンピシャだった。

「……まあ、返信するだけなら」

ゲイ専用アプリだと気づいてはいた。でも、プロフィールの趣味が合いすぎて、「話が合いそう」という純粋な好奇心が勝った。

「はじめまして!白日は俺も大好きです。飛行艇も最高ですよね」

返信した。たしか夜中の1時過ぎだったと思う。


ケンジとのメッセージのやり取りは、最初の3日で100往復を超えた。

話が合う。異常なくらい合う。

サッカー。フットサル。筋トレのメニュー。好きなラーメン屋。映画の趣味。笑いのツボ。全部が噛み合う。

3日目の夜、深夜2時まで通話した。ケンジの声は低くて落ち着いていて、聞いていると安心する声だった。

「コウタ、お前本当に話しやすいな」

「ケンジさんもっす。ってか、俺の周りにこんなに話合う人いないっすよ」

1週間目。お互いの日常を報告し合うようになった。朝の「おはよう」、昼飯の写真、夜の「今日も疲れた」。

2週間目。電話が毎晩の日課になった。1時間、2時間、当たり前のように話し続けた。

3週間目。

「そろそろ会わない?」

ケンジからの提案に、俺は即答した。

「会いたいです。ぜひ」

この時点で、俺は一つの事実から目を逸らしていた。

このアプリは、ゲイ専用だ。ケンジは俺のことを「ゲイの男」だと思っている。そして俺は——ケンジが男だと完全にわかった上で、3週間も毎晩電話して、「会いたい」と即答した。

友達として会うだけだ。趣味の合う男友達。それだけだ。

そう自分に言い聞かせていた。


待ち合わせは、渋谷のカフェだった。土曜日の午後3時。

俺は待ち合わせの10分前に着いて、窓際の席でアイスコーヒーを飲みながら待った。

3時ちょうどに、店のドアが開いた。

入ってきた男を見て——息が止まった。

でかい。

身長185センチはある。肩幅が広くて、黒いニットの上からでも大胸筋の厚みと、腕の太さがわかる。顎のラインが鋭くて、短めの黒髪、二重の切れ長の目。無精髭が少しだけ生えていて、それが30手前の男の色気を出している。

写真より、100倍かっこよかった。

「コウタ?」

低い声が、俺の名前を呼んだ。

「あ——はい。ケンジさんですか」

「おう。初めまして」

ケンジが笑った。白い歯が見えて、目尻に皺が寄って、無精髭の下の口元が柔らかくなった。

かっこいい。

男の俺が見ても——いや、男だからこそ——この男がかっこいいと思った。


カフェで2時間話した。メッセージや電話で話していた以上に、対面は楽しかった。

「お前、写真よりいい男だな」

ケンジがアイスラテを飲みながら言った。

「いや、ケンジさんの方がやべぇっすよ。モデルかと思った」

「やめろよ。ただの営業マンだ」

笑い合った。自然だった。何も気負わない、ただ楽しい会話。

でも——時々、ケンジの視線が俺の体を這うのを感じた。首筋、肩、腕。男が男を見る視線。友達が友達を見る視線とは、微妙に違う。

俺はそれに気づいていた。気づいた上で、不快じゃなかった。

「この後、飯でも行かない?」

ケンジの提案に、また即答した。

居酒屋で3時間飲んだ。生ビール4杯。ハイボール3杯。かなり酔った。

「ケンジさんって、筋トレどのくらいやってんすか」

「週4。ベンチ110kg」

「マジかよ。見せてくださいよ」

酔った勢いで、ケンジの二の腕を触った。

硬い。石みたいに硬い。ニットの上からでも、筋肉の密度がわかる。

「すげぇ……」

「触りすぎだろ」

ケンジが笑った。でも、腕を引いたりはしなかった。

「なぁ、コウタ」

「はい」

「俺の家、ここから歩いて5分なんだけど。飲み直さない?」


ケンジのマンションは、築浅の1LDKだった。

きれいに片付いていて、間接照明が温かい光を出していた。大きなソファと、でかいテレビ。一人暮らしの男にしては生活感がある。

「座れよ。ビール出すから」

ソファに座った。ケンジがキッチンから缶ビールを2本持ってきて、隣に座った。

距離が近い。カフェや居酒屋より、ずっと近い。ケンジの太ももが、俺の太ももに触れていた。

「今日、楽しかった」

ケンジが缶ビールを開けながら言った。

「俺もっす。マジで。こんなに話合う人、初めてかも」

「……なぁ、コウタ」

「はい」

「お前、このアプリで会うの初めてだろ」

「……え」

「プロフィールの書き方が素人すぎるし、メッセージの返し方も、明らかに慣れてない。ゲイアプリ使うの、初めてだろ」

心臓が跳ねた。

「……実は——間違えてインストールしたんです。酔ってて。普通のアプリだと思って」

「やっぱりな」

ケンジが笑った。怒りも呆れもない、ただ面白がっているような笑い。

「じゃあ、お前はノンケなのか」

「……はい。たぶん」

「たぶん?」

「いや——女は好きです。でも——」

「でも?」

「ケンジさんと3週間メッセージして、毎晩電話して——今日会って——正直、女の子とデートした時より楽しいなって」

何を言ってるんだ俺は。

でも、酒の勢いで止められなかった。

「それが『楽しい友達』なのか、それとも別の何かなのか——自分でもわかんないです」

ケンジが、俺の顔を見た。

間接照明の薄暗い光の中で、ケンジの目が俺を捉えていた。

「確かめてみるか」

「……え?」

「キスしてみてもいいか。嫌なら、ここでやめる」

ケンジは触れずに待った。逃げ道を塞がない距離で、俺の返事だけを見ていた。

喉が鳴った。怖くないと言えば嘘になる。それでも、何も知らないまま帰る方が、今は嫌だった。

「……してみたいです。俺も、確かめたい」

そこで初めて、ケンジの手が俺の顎に触れた。指先で顎を持ち上げられて、顔が近づいて——

唇が、重なった。

男のキス。ビールの味がする、硬い唇。無精髭が頬に当たって、チクチクする。ケンジの舌が、俺の唇を割って、口の中に入ってきた。

「んっ——」

体が硬直した。頭が真っ白になった。

でも——押し返さなかった。

ケンジの舌が俺の舌に絡まる。唾液が混ざる。鼻からケンジの匂いが入ってくる。男の匂い。汗と香水が混ざった、大人の男の匂い。

キスが終わった。

唇が離れた時、唾液の糸が一瞬だけ光って切れた。

「……どうだ」

ケンジが聞いた。

「キモかったか」

俺は、すぐに答えられなかった。

キモいはずだった。男とキスなんて、生理的に無理なはずだった。なのに——口の中に残ったビールの味と、頬を擦った無精髭の感触が、嫌じゃなかった。それどころか、心臓がうるさいくらい鳴っている。

「……わかんねぇ。キモいって言いたいのに——体が、全然そう思ってねぇんだよ。意味わかんねぇ」

混乱したまま、俺は正直にそう言った。否定したいのに、否定できない。その矛盾だけが、頭の中をぐるぐる回っていた。

「無理に答え出さなくていい」

ケンジが、低く笑った。そして——もう一度、ゆっくり顔を近づけてきた。今度は、俺が拒まないのを確かめるように。俺は、逃げなかった。逃げられなかった。

二度目のキスは、もっと深かった。俺の後頭部を手で支えて、角度を変えて、舌を絡めて。

キスしながら、ケンジの手が俺の背中に回った。引き寄せられて、ケンジの厚い胸板に密着した。ニット越しに筋肉の硬さが伝わってくる。

「触っていいか」

「……はい」

ケンジの手がTシャツの裾から中に入ってきた。

「っ——!」

直接肌に触れた。ケンジの手は大きくて温かくて、腹筋をなぞるように上に這い上がってきた。胸に到達して、乳首に指先が触れた瞬間——

「あっ——」

声が出た。

「感じるのか。ここ」

「今まで——乳首で感じたこと、なくて——」

「男に触られると、違うんだよ」

ケンジが俺のTシャツを脱がせた。上半身が裸になった。

ケンジが自分のニットも脱いだ。

目の前に、ケンジの上半身が現れた。写真で見たのと同じ、いやそれ以上の体。大胸筋の厚み。6つに割れた腹筋。広い肩幅。腕の太さ。30手前の男の肉体が、間接照明の光を受けてうっすらと光っている。

「すげぇ……体……」

「お前もいい体してるよ。サッカーやってただけあるな」

ケンジが俺をソファに押し倒した。覆いかぶさってきた体が重い。筋肉の密度が段違いだ。

キスしながら、ケンジの手が俺のジーンズのボタンを外した。ジッパーを下ろす。ジーンズを引き下ろされて、ボクサーパンツの上から——俺のちんぽを握られた。

「っ——!」

勃起していた。いつの間にか、限界まで硬くなっていた。

「お前も、ちゃんと勃ってるじゃん」

ケンジがパンツの上から俺のちんぽの形をなぞりながら、笑った。

「体は、嫌じゃないって言ってる。でも、それだけで今すぐ自分の呼び方まで決めなくていい」

パンツを下ろされた。ちんぽが飛び出して、ケンジの手に握られた。

「あっ——」

ケンジの手。でかい手。俺のちんぽをすっぽり包み込めるくらいの大きな手が、ゆっくりと扱き始めた。

「気持ちいいか」

「気持ちいい……ケンジさん——」

「口でしてもいいか」

「……はい。してほしい」

ケンジが体を下に移動して、俺のちんぽに顔を近づけた。

舌先が、亀頭をぺろっと舐めた。

「ひっ——!」

それから、唇で亀頭を包み込んで——一気に根元まで咥え込んだ。

「あぁっ——!! すげっ——全部——入って——」

喉の奥まで俺のちんぽが入っている。ケンジの口の中は熱くて、舌が裏筋を舐め上げながら、喉の粘膜がカリを締め付ける。

プロだった。とんでもなく上手い。女の子にしてもらったフェラとは次元が違った。男は男のちんぽの扱い方を知っている——それを身をもって実感した。

「やべぇ——ケンジさん——上手すぎ——すぐイキそう——」

ケンジが口を離した。

「もう十分だ」

ケンジはそう言って、俺の腰から手を離した。

「え……」

「ここから先は、今日やらない」

突き放された気がして、酔いで熱くなっていた顔が急に冷えた。俺が何か変なことをしたのかと思った。

ケンジは床に落ちていた俺のTシャツを拾い、胸の上に置いた。それから、テーブルに並んだ空き缶を指で数えた。

「お前、居酒屋から合わせて何杯飲んだ」

「……覚えてない」

「だろ。キスと、触るところまでは一つずつ聞いた。けど、初めての相手に、酔ったまま次の判断をさせる気はない」

欲しいと思われていなかったわけじゃない。その逆だった。欲しいからこそ、今は選ばないのだと、ケンジは言った。

「次があるってことですか」

口にしてから、自分で驚いた。俺はもう、帰る理由ではなく、次に会う理由を探していた。

「それは、明日しらふになったお前が決める」

ケンジは水を一本渡し、俺が飲み終えるまで向かいの椅子に座っていた。終電の時刻を調べ、駅の改札まで送ってくれた。別れ際にも、体には触れなかった。

電車の窓に映った自分は、耳まで真っ赤だった。


翌朝十時、枕元のスマホが震えた。

アプリからの通知だった。

《昨日のことで確認したい。後悔してるなら返事はいらない。ブロックしても大丈夫。返事があるまで、こっちからは連絡しない》

短い文面を、俺は何度も読み返した。

昨夜のキスを思い出した。無精髭の感触。裸の胸に触れた時の熱。自分の名前を呼ぶ低い声。そして、最後に俺を止めた手。

後悔しているかと聞かれたら、答えは違った。怖い。混乱している。でも、なかったことにはしたくない。

返信する前に、俺は初めてケンジのプロフィールを一番下まで読んだ。

「恋人か、長く付き合える相手を探しています」

「相手が嫌がることはしません」

「酒だけを理由にした約束はしない」

趣味の欄しか見ていなかった俺が、三週間も話した相手の大事な部分を、今さら知った。

自分のプロフィールも開いた。上裸の写真と、身長と、好きな音楽。それだけ。誰と、何をしたくてここにいるのかは、空欄だった。

俺は写真を服を着たものに替え、目的の欄に書いた。

《まだ自分でもわかりません。友達から。急がない人》

それからケンジへ返した。

《後悔はしてないです。昨日の続きがしたいかは、まだ決められません。でも、もう一度会って、しらふで話したいです》

既読はすぐについた。

《了解。次は昼に、人のいる場所で会おう》

その一文を見て、肩の力が抜けた。


次の日曜日、俺たちは代々木のフットサルコートでボールを蹴った。

初めて会った渋谷のカフェと同じように、周りには学生や家族連れがいた。冬の乾いた空気の中で走り回り、二人とも汗だくになった。ケンジは体のわりに足元が器用で、俺が本気で奪いに行っても、笑いながらかわした。

「営業マンの動きじゃねぇ」

「週一でやってるってプロフィールに書いたろ」

「そこも読んでなかった」

「お前、よくそれで会いに来たな」

ベンチでスポーツドリンクを飲みながら、二人で笑った。

笑いが途切れたところで、ケンジが正面を向いたまま言った。

「確認していいか。今日は酒、飲んでないな」

「飲んでない」

「俺と、この後も一緒にいたい?」

今度は、酔いのせいにできなかった。

俺は自分の胸の内を探った。男全般を好きなのかはわからない。アプリにいる別の誰かと同じことをしたいとも思わない。ただ、ケンジの隣から帰りたくなかった。

「いたい。ケンジさんとキスしたい。俺から触ってみたい」

「その先は?」

「今日は、挿れるのはなし。俺が止めてって言ったら、そこで終わり。ケンジさんも嫌なことは言ってください」

ケンジは茶化さずに頷いた。

「わかった。その約束で、うちに来る?」

「行きます」

それは、流されて出た返事じゃなかった。俺が初めて、自分で選んだ「行く」だった。


部屋に着いても、ケンジは手を出してこなかった。

ソファに並んで座り、俺が動くのを待っていた。

だから、俺からケンジの頬に触れた。短い髭が指の腹に引っかかる。あの日の感触だった。

「キスしていいですか」

「うん」

顔を近づけた。今度は俺から唇を重ねた。

角度がわからず歯が少し当たった。ケンジが笑い、俺も笑った。上手くやろうとするのをやめて、もう一度した。二度目は深くできた。

ニットの裾を持ち上げる。厚い腹筋を手のひらで確かめ、胸板に口をつけた。ケンジが小さく息を漏らすたび、俺の手でこの男を反応させていることが、胸の奥を熱くした。

「俺にも触って」

自分からそう言った。

服を脱ぎ、互いのものを握った。昨夜とは違い、意識は驚くほど澄んでいた。何をされているかも、自分が何をしているかも、全部わかっていた。

ケンジの硬くなったものを口に含んだ。最初は浅く、苦しくならないところまで。ケンジは俺の頭を押さえず、ソファの端を握っていた。

「無理するなよ」

「無理してない。俺が、やってみたい」

男の体を欲しがっている自分を、誰かに作られたことにはしたくなかった。

俺は俺の速さで舌を動かした。ケンジの腹筋が強張り、低い声が落ちてくる。それを聞くたびに、自分の勃起が強くなった。

最後は向かい合って座り、キスをしながら互いを扱った。ケンジの手の中で達した瞬間、俺は反射ではなく、自分からその肩へしがみついた。

その日は、約束どおり、そこまでだった。

帰宅してから、俺はアプリを開いた。

《今日は楽しかった。次も会いたい》

送信して数秒後、返事が来た。

《俺も。次は何がしたいか、また二人で決めよう》

そのやり取りは、深夜まで続いた。最初の三週間と違ったのは、好きな音楽の話だけではなく、怖いことや、したくないことまで書けるようになったことだった。


それからのデートは、ケンジの部屋だけではなかった。

スタジアムで試合を見た。新宿のレコード店を何軒も回った。俺が勧めたラーメン屋で、ケンジはスープまで飲み干した。会うたびに必ずセックスをするわけでもなかった。

だからこそ、俺は逃げ道にしていた言葉を、一つずつ捨てていった。

「趣味の合う友達だから」では足りない。

「男に興味があるだけ」でも説明できない。

ケンジから返信がないと落ち着かない。人混みで大きな背中を見つけると嬉しい。笑った顔を自分だけに向けてほしい。

それは、俺がこれまで女の子に抱いてきた感情と、名前の部分では何も違わなかった。

四度目のデートの帰り、駅前の広場で俺は言った。

「俺、ケンジさんのこと、好きだと思う」

ケンジはすぐには答えなかった。

「俺が男だから、混乱してるだけじゃなく?」

「男だから困ってる。でも、好きなのは困ってない」

口に出すと、不思議なくらい簡単だった。

「俺も、コウタが好きだ」

人の行き交う場所だったから、抱き合いはしなかった。ベンチの陰で、小指だけを絡めた。それで十分だった。


初めて最後までしたのは、マッチしてから六週間後だった。

その日までに、二人で検査を受け、結果を見せ合った。それでも最初はコンドームを使うと決めた。痛みが出たら中止すること、途中で気が変わっても理由はいらないことも、服を脱ぐ前に確認した。

「今日は、俺が上になりたい」

俺が言うと、ケンジは一瞬驚いた顔をしてから、ベッドに仰向けになった。

「コウタが決めていい」

ローションを使い、俺はケンジの腰をまたいだ。太いものを自分の手で支え、自分の重さで、少しずつ受け入れた。怖さはあった。けれど、下から急かす動きは一つもなかった。

「止まって」

途中でそう言うと、ケンジの体はぴたりと静止した。

俺は何度か呼吸を整えた。やめてもいい。続けてもいい。その両方が本当に選べるとわかった時、緊張が少しほどけた。

「……もう少し、いける」

今度は自分から腰を下ろした。

奥まで受け入れた瞬間、思わずケンジの胸に手をついた。腹の内側を満たす感覚に体が震える。痛みだけではなかった。男を受け入れているという事実そのものが、熱になって全身へ広がった。

「動いていい?」

「まだ。俺が動く」

俺は自分で角度と深さを探した。やがて、腰を下ろすたびに、声を抑えられない場所へ当たった。ケンジの名前を呼びながら、自分の手では一度も触れずに射精した。

ケンジも、コンドームの中で果てた。

終わった後にあったのは、人生が壊れた感覚ではなかった。好きな相手と、話して、決めて、望んだことをした。その当たり前さだった。

それから三か月後。互いに他の相手を作らないことと、改めて受けた検査の結果を確認した上で、俺たちはコンドームを外すことについて話し合った。

「今日は、中に出してほしい」

俺がはっきり頼み、ケンジがもう一度意思を確かめた。俺は頷くだけで済ませず、「したい」と言葉にした。

ケンジが俺の中で達した時、熱より先に、選んだことへの実感が胸に来た。偶然始まった関係の中で、そこに至る選択だけは、一つも偶然ではなかった。


春休みの終わり、俺はあの忘年会でアプリを勧めた友達に、ケンジのことを話した。

「最近、付き合ってる人がいる」

「ついに彼女できた?」

「彼女じゃない。相手、男」

友達は目を丸くした。数秒黙ったあと、最初に聞いたのは、どうしてそうなったのかではなかった。

「お前、その人といる時、楽しいの?」

「めちゃくちゃ楽しい」

「じゃあ、今度紹介しろよ」

肩から、見えない重りが落ちた気がした。

自分をゲイと呼ぶのか、バイと呼ぶのか、今もきれいには決めていない。女の子を好きだった過去も本物だし、ケンジを好きな現在も本物だ。どちらかを嘘にしなくてもいいと、今は思っている。

その夜、ケンジと並んでアプリを開いた。

設定画面の一番下に「退会する」という文字があった。理由を選ぶ欄で、俺は「交際相手が見つかった」を押した。

「本当に消すぞ」

「うん。もう、探してないから」

確認ボタンを押すと、アカウントが消え、画面は最初のログイン画面に戻った。

アプリを入れたことは、確かに酔った俺の間違いだった。

でも、最初の一通に返事をしたことも、昼のカフェへ行ったことも、しらふでもう一度会ったことも、ケンジを好きだと認めたことも——全部、俺が選んだ。

俺の人生を変えたのは、間違えて押したダウンロードボタンじゃない。

その後に、自分の意志で押し続けた、いくつもの送信ボタンだった。

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